恵々日々

文であること。

バレンタイン・デッス 後編

 

 

カリギュラ効果っていってさ、禁止されたらむしろやりたくなる心理現象があるんだ。それで、高校ってのは大抵、お菓子の持ち込みなんかは問題ないでしょ?実際僕の学校もそうでさ、それで、禁止されてない事はされている事よりもしなくなるわけで、」

 

「なんならうちの高校は特に緩いんだ。髪も染められるしピアスを開けている奴なんかもいる。だからって全校生徒が金髪穴だらけになることはない。バレンタインだからってみんながみんなチョコレートを持ってくるわけじゃあないんだ。」

 

「ということはだよ、みんながみんなチョコレートを貰えるわけでもないんだ。つまり別に僕がもらえなかったのは変な事じゃないし、何なら今まで通り、不測の事態で慌てることもない。これはむしろ幸福なことなんじゃないだろうか。そうは思わない?死神さん。」

 

「ェ゛ホッ!!...あーーーーー死ぬかと思った!!!!ふざけんな!!!!」

 

大きくむせて、ようやく気道に入った水が出てきた。本当に、死ぬかと思った。

 

「っ、何なの君は!?僕は明後日18時って言ったはずだ!そして今日はその明後日、君が望んだバレンタインデー!!貰えなかったのはそりゃあお気の毒だけど正直1イベントにそこまで希望を乗せてたとは思わなかったよ!!!」

 

「...ごめん、なさい」

 

これだけ怒っても相手にこれだけ意気消沈されてしまったらどうしようもない。

2月14日18時、宣言通りきっかりに魂の回収に来たら対象の青年は橋の上から川に飛び込んでいた。僕らは対象者がどこに移動していてもーー逃げていてもーーつつがなく回収を行えるよう、僕らの世界から対象者のいる場所へ即時で移動される。

要するに僕も寒中水泳する羽目になった。その上勝手な自殺では僕の仕事が遂行されず、まして寿命を勝手に延ばしている身、ひとまず彼も助けるほかなかったのだ。泳ぐために、わざわざ人の姿になってまで。

 

びしゃびしゃの髪の間から不健康な目でぼんやり川を見つめる彼に、不正延命の部分をぼかしてそう説明した。

 

「...し、死神さん、僕が、か勝手に死ぬんじゃ駄目だったんだ、ね。ほ、本当に、ごめん。」

 

先ほどの詭弁が嘘のようにどもりだしたのがあまりにかわいそうで、もう怒る気にもならなかった。相手が人だと意識するとこうも喋れないのか。

 

「良いよ、もう。...今何時?」

 

「ぇえっと、18時、じゃ、ジャストかな。」

 

「?...まあいいや、回収するね」

 

彼にはどこからこんなサイズの鎌を出したか、僕らの間では至極当たり前のことも分からないだろう。しかしそんな説明している時間はないのだ。鎌だけにサイズ、なんて死神ジョークも言えない。ああ、そんな顔をしないでおくれ。 いっそあの日、殺してあげるのが正解だったのかもしれないね。

 

さよなら。

 

 

...

 

 

西遊記の三蔵一行は、しでかしたことは違えど、罰として自分たちの世界を追い出されている。共通していることは、その先が人間の世界であること。あの世界はそれほど罪深き場所なのだろうか。

今しがた古典教師が黒板に書いた「反語」によれば、罪深くない、という意味になる、のかな。僕が否定したかったのは、あの、なんだけど。

 

「えー...であるからして、明日はバレンタインデーなわけだが、まさか俺に持ってこない、なんて輩はいないだろうな。」

 

 くすくすという笑いにクラスが包まれる。なるほど、この教師はなかなか伊達男のようだ。なんてことを考えているとチャイムが鳴った。それの意味するところは今朝商店街で流れていた歌手が歌っていた。YAH YAH YAH 。歌でいうところの"自分"は、僕はもう失くしてしまったけれど、このくらいの意趣返しは構わないだろう。

 

階段を駆け上りがらりと教室の扉を開ける。なんだ誰だの目は気にせず、ああ、あれが山野さんかな、いやヤバーいじゃないよ、なんて考えながら窓際で突っ伏しているヤツに一直線に駆け寄った。どうせ寝たふりなのだ。

 

「...ねえ君、返事くらい出来ないものなの?」

 

はっとしたように顔をあげる青年。その冴えない顔は相変わらずだ。

 

「っ、あっ、!ねえ、僕はどうして」

 

ゴッ。

 

目の前に迫った固く握った拳と、直後鈍い音。2年生の教室で今日転校してきたらしいが、どうしてか知った顔の1年生が叫んだ。

 

 

「腕時計、壊れてるよ!!!!!」

 

 

魂回収の正規の日時は2月12日18時、約束の日時は2月14日18時。

死神が二日延ばしてくれていたのはそもそも許されることではなく、しかし寿命が尽きる人間は世界に腐るほどいいて、彼女はそこらへんを上手く誤魔化していてくれたらしい。本来の寿命の「時刻」さえ合っていれば最長一ヶ月、不正延命(というらしい)が出来た猛者がいたそうだ。

僕の場合は「18時」。コンマ1秒のズレなく、18時00分。

しかしあの日彼女が僕の魂を回収した時刻は18時12分。遅刻も遅刻、大遅刻だ。原因は僕の自殺未遂と防水じゃなかった腕時計の故障。あの場で気付ければ2月15日の18時に問題なく回収が出来たのだ。

結果、2日の不正延命と48時間12分の回収遅刻により彼女は死神の立場を追われ、人間界送りになった。あと2年はこっちで生活しなければならない。んだそうだ。

 

翌日も彼女は登校していた。話したわけじゃなく、見かけただけだけど。

 

最初から期待なんてしていない、

でもやっぱりあるんじゃないかなんて下駄箱の奥をいつもより屈んで見てみる、

でもやっぱりローファーがせっせか運んできた砂と泥ばかり。

 

...奥に紙きれのようなものが、ある。

 

17回目のバレンタインもチョコレートは貰えなかった。

しかし記録は更新だ。

お菓子0個、「死ぬなよ」と乱雑に書かれた手紙1枚。

 

ありがとう。最後までうっかり屋さんの死神さん、今は元かな。

多分もう少し頑張れば元の世界には帰れると思う。

何故なら君は不正延命なんてしてなくて、12分の遅刻だけだから。

僕の享年が17歳ってのがそもそも間違っていなければ。

 

 

2月14日18時00分。

壊れる前に戻った腕時計が示したのは、

17回目のバレンタイン。17回目の誕生日。

僕はまた同じ川に落ちていった。

 

 

 

fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああっ、今週のお題

こ ん し ゅ う の お だ い !