恵々日々

文であること。

バレンタイン・デッス

 

最初から期待なんてしていない、

でもやっぱりあるんじゃないかなんて下駄箱の奥をいつもより屈んで見てみる、

でもやっぱりローファーがせっせか運んできた砂と泥ばかり。

 

こんな実験がある。ネズミを水を張った容器に落とし、自ら這い上がってくるのを待つ。這い上がってきたところですかさずまた水に落とす。これを延々と繰り返すと、彼はやがて這い上がることを諦め、水に沈んでいくんだそうだ。

いわゆる、「絶望」というやつである。

僕のバレンタインももうじき17回目を迎えるが、人間、そう脆くは出来てはいないようで絶望にはまだまだ遠く、チョコレートをひとかけでもくれそうな子の夢想も、もうじき17回目を迎える。

 

クラスいち派手な山野さん。去年は沢山のお菓子を作っていろんな人に配っていた。クラスメートに留まらず、他クラスの男子女子、ダンス部の顧問、上級生達にも配っていたのを見かけた。

僕には回ってこなかったが、さすがに二年もクラスが一緒になっている。これでまず1つ目は確定だ。

 

隣の席の今井さん。席が何と前回に続き二回も隣になっている。それに何度かおはようと挨拶したこともある。いつ何時も笑顔を絶やさない彼女は、先日盗み聞きしたところによると料理が得意らしい。

間違いなく2つ目が確定した。

 

同じ卓球部の春川さん。部内で喋ったことはないが、廊下で顔を合わせると無言でお辞儀をしてくれる。3つ目だ。

  

「君」

 

同じく卓球部の後輩中田。喋ったことはないがきっとくれるだろう、4つ目。

 

「ねえ君」

 

...なんと、17回目のバレンタインにして新記録が達成されそうだ。自己新記録をなんと4つも上回っている。これは素晴らしい。

 

「君!!」

 

「はひいぃい!?」

 

「青年、ぶつぶつ一人で青春するのは良いけどね、返事くらいできないものなの?」

 

生まれてこの方様々な場所で様々な人に叱られてきたが、学校帰りの路地で黒くてふわふわした大きい綿のようなものに説教されるのは初めてだ。

今この瞬間も暗いだのうじうじしているだのと罵られている。

 

「え、ええっと...」

 

「...だから僕は男子学生たるものシャキッと...あ!そうそう本題を忘れていたわ。

 

僕は死神。今日午後18時きっかり。君の魂を回収しに来たの。」

 

...聞き間違いだろうか

 

「い、今なんて」

 

「だーかーらー!今日18時!あなたは死にます!!ってこと!」

 

めのまえがまっくらになった、とはこの事か。心なしか景色がゆらいでくらくらしてきた。

 

「なにかの、冗談でしょ?そんな僕がしぬ、なんて...はは、まだこんなに若いのに」

 

「残念だけど、間違いなく、享年17歳。僕らの法律で未成年で魂の回収対象になった人間には、特別に事前申告がなされる。それが私。短い生涯精一杯生きなさいってね。まああと30分少々ってところだけど。」

 

一語一語噛みしめるような綿毛の言葉に、僕は反射的に声を絞り出していた。

 

「...明後日、バレンタイン、があるんだ。今年はきっと貰えるはずなんだ、4つ。それなのに、死ぬだなんて、あんまりだ」

 

自分で言った言葉があんまりにもみじめったらしくて泣きそうになった。しかし、綿毛は神妙に、恐らくうなづく動作を見せた。

 

「......それが、君の未練?」

 

綿毛が唸りながら左右前後に揺れる。

 

「わ、かった...明後日18時、それが君の寿命だ。

あさってじゅうはちじ。その時は問答無用で君の魂を持っていく。良いね?」

 

ありがとう、と言おうとしたがそれはきっと間違いなので「必ず」とだけ答えると綿毛は夕闇に溶けるように消えた。

腕時計の秒針ははいつの間に18時2分を示していた。

 

 

 

 

to be continued...

 

 

 

 

 

 

あっ、今週のお題

って書かないといけないんですよ

クソカスシステムですよね嘘です